東京メトロは、脱炭素社会の実現や気候変動の緩和に向けて、長期環境目標の「メトロCO₂ゼロチャレンジ2050」を設定し、2050年度までに、東京メトログループのCO₂排出量を実質ゼロにすることを目指すことになっています。ほとんどの線区で、環境配慮型の車両が運用されていますが、エネルギー効率が、より優れた車両を開発することが課題でした。車両の駆動装置における省エネの主軸は、主電動機(モータ)なのですが、省エネという観点では、限界に近いほど開発し尽くされてきた経緯があり、鉄道車両のさらなる省エネルギー化を進めるために、東京メトロと三菱電機が共同で、同期リラクタンスモータシステム(SynTRACS)を開発しました。
同期リラクタンスモータシステム(SynTRACS)は、同期リラクタンスモータ(SynRM )と駆動用インバータ(フル SiC 素子採用)で構成されており、従来車両で用いられる誘導電動機(モーター)と比較して発熱損失が少なく高効率で、電動機出力を増加して回生ブレーキ領域を拡大し、消費電力量を低減することが出来ます。永久磁石同期電動機(PMSM)と比較しても、レアアースである永久磁石が不要となり回路もシンプルなものとし、省保守化を図ることが出来るのも特徴で、駆動用インバータにはフル SiC 素子を採用することにより、駆動用インバータの電流容量の増加による SynRM の高出力化と電力損失の大幅な低減を実現することも可能です。近年、開発された電車は、主電動機(モータ)に永久磁石同期電動機(PMSM)を搭載した車両が多くありますが、従来の主電動機(モータ)と比較して電力消費量が少なく、回転子の発熱が少ないため全閉構造となったことで、内部に塵埃が入らず、放熱用の部品が不要となり、低騒音化と主電動機(モータ)の小型化が可能になりましたが、弱点もあります。電車は加速すれば、線路の上を惰行で進みますが、磁石が入っている主電動機(モータ)は発電し、発電しているということは、ブレーキを掛けている状態でもあるので、その分だけエネルギー損失が生じてしまいます。そのため、エネルギー消費を抑えるには電力消費の多い主電動機(モータ)の改良は必要不可欠であり、一歩先を行く技術開発が必要でした。同期リラクタンスモータは有力候補の一つでしたが、鉄道向けに採用するには、トルクの変動が大きいなど、技術的な課題があり、鉄道車両では、可変速かつ高出力で駆動する主電動機(モータ)を搭載する必要がありますが、同期リラクタンスモータではその実現が困難でした。
そのため、安定的なトルクを得るためのインバーター制御技術を世界に先駆けて開発し、配線や機器構成などを大きく変えずに容易に搭載が可能だったため、東京メトロ13000系44編成の1編成中2両に試験的に搭載して実証実験を実施し、従来の電車の主電動機(モータ)は、誘導モータが多く使われていますが、誘導モータと比較して、約18%の省エネ効果が確認されました。定格出力は250㎾、重量が562㎏で、従来の主電動機(モータ)と比較して、出力あたりの大幅な小型化も可能になり、従来と同等の乗り心地や騒音レベルで、加減速性能はきちんと満たされていることも確認されており、世界で初めて、鉄道用同期リラクタンスモータの開発に成功しました。
2025年の春以降に就役する東武鉄道80000系に、本格搭載としては私鉄で初めて搭載することが決まっており、近年の輸送動向を踏まえ、80000系の導入に合わせて、東武アーバンパークラインで運転される列車の両数が、6両から5両に変更されることになっています。25編成が導入されることになっており、中間車には、5両化によって余剰となる60000系の中間車を80000系の内装に合わせた改造を行った上で、組み込むことが予定されており、一部の編成については全車両を新造することになっています。
今後、東京メトロは、新造車両とリニューアルされる車両の主電動機(モータ)に、同期リラクタンスモータ(SynTRACS)の導入を図ることになっており、例えば、東京メトロ発足後に初めて開発した車両である10000系は、そろそろB修工事と呼ばれるリニューアルを行う時期を迎えますが、主電動機(モータ)を同期リラクタンスモータ(SynTRACS)へ換装することによって、18%以上の省エネ効果が見込まれます。2026年度から東西線、その後、半蔵門線の車両にも、順次搭載することが決まっていますが、地下鉄は、急勾配と急曲線が多いので、東京メトロの車両は、常に最新の技術を駆使して開発されており、東京メトロは、9線区中7線区で、他の鉄道事業者と相互直通運転を行っているので、東京メトロが開発した技術が、共通仕様として鉄道業界全体に普及することがあります。
近年、地球温暖化が社会問題になっていますが、同期リラクタンスモータシステム(SynTRACS)が普及することによって、環境負荷がさらに低減されることを期待したいです。
参考文献
「特集 車両技術 同期リラクタンスモータシステムの試験報告」渡部智也・友松白英・金子健太・山下良範 JREA2023年5月号一般社団法人日本鉄道技術協会令和5年5月1日発行
【CO2削減】東京メトロが挑む省エネ。車両床下にある世界初の技術 NEWS PICKS URL(https://newspicks.com/news/8232184/body/) 2023年12月27日参照
「東京地下鉄株式会社(東京メトロ)様 世界初の技術 同期リラクタンスモータ」三菱電機BizTimelineいま欲しいビジネスアイデアをURL(https://www.mitsubishielectric.co.jp/business/biz-t/contents/partnering_channel/002/index.html?scrollY=11057)2024年11月1日参照
「~安心で持続可能な社会の実現と更なる省エネ性能の向上を目指して~ 世界初 鉄道用「同期リラクタンスモーターシステム」実証試験に成功 日比谷線 13000 系車両にて省エネ効果等を検証」東京メトロ2021年6月24日ニュースリリース
「世界初 鉄道用「同期リラクタンスモーターシステム」による省エネ化を実現」東京地下鉄株式会社・三菱電機株式会社2022年11月10日ニュースリリース
「温室効果ガス削減に向けて再エネ省エネ機器導入・省エネ運転に取り組んでいます」東武鉄道株式会社2023年3月10日ニュースリリース
「省エネ・CO2削減による環境負荷低減と快適性・サービス向上を両立します 2025年から東武アーバンパークラインに
5両編成の新型車両80000系を導入します ~環境にやさしく、沿線の皆さまに愛される車両を目指します~」東武鉄道株式会社2024年4月16日ニュースリリース
「東武野田線の新車は80000系・60000系脱車分を組込へ」4号車の5号車寄りURL(https://4gousya.net/forums/post/東武野田線の新車は80000系・60000系脱車分を組込へ)2024年7月10日参照