日本の鉄道は、時間に正確だと言われていますが、その理由について書いてみたいと思います。
1872年10月14日に、日本初の鉄道が新橋ー横浜間に開通しますが、鉄道開業当時は遅延が多く乗り継ぎが出来ない利用者などから、不満の声が上がっていました。路線網の拡大につれて、会社をまたいだ連絡運輸が増加し、輸送力と安全を確保するためにも、時間の管理はますます重要になりますが、19世紀末にかけて急激に鉄道網が拡大したため、人材と教育が不足し、1900年頃の鉄道は事故が頻発し、遅延が常態化するなど、非常に混乱していたと言います。そのため、当時の日本鉄道は運転の現場で、運転技術の向上や正確な運転のマニュアルの作成を行うなど、時間通りに運転するための工夫を行い、職員に時計の所持を義務付けました。
定時運転は、大正中期には根付いていたようですが、日本の鉄道が時間に正確な理由としては、日本は山岳国で平地が少なく土地は、出来るだけ効率よく使わなければならないという宿命があり、経営上、鉄道の運転に必要な設備や土地の使用は、必要最小限にする必要があったためで、限られた規模の線路設備を使用して高密度な運転を行うために、秒単位の運転が必要になります。列車の運転計画を策定する時は、車両性能や線形など、線区の状況に応じた駅間の最小運転時間である「基準運転時分」を厳密に算出し、駅の着発線の構造などの設備の状況を考えながら、列車ダイヤを作成します。乗務員の運転時刻表は、秒単位の表記で、列車に乗務する時は秒単位での運転となりますが、経済運転を行うためにも、秒単位の運転は必要です。
日本の鉄道の特徴として、新幹線に代表される高速運転と大都市圏の通勤輸送における高密度運転などがありますが、このうち高密度運転については、これに対応した緻密なダイヤ構成および定時運転により成り立っており、この緻密なダイヤ作成は、運転曲線(距離・速度・時間の関係を表した図)などとともに、コンピューターにより作成出来るようになっています。定時運転は、事故防止の一面も備えており、計画された行動やシステム、仕事が順調に進んでいると特別な取り扱いをする必要が無く、注意を奪われることはありません。しかし、何らかの理由により、列車が遅れるとその後に、いつもと違う行動をする必要が、生じることになります。例えば、回復運転をしているといつもとは違う地点で、ブレーキを掛けることになりますが、状況によっては、ミスをすると事故に繋がることもあります。事故が発生すると、異常時の取り扱いが発生することになりますが、こうした時に、人間は誤った行動をしやすいので、異常時を発生させないことが、最善の手段であることが当然ではありますが、鉄道の運転に携わる人たちは、異常時に備えて定期的に教育訓練を行っています。このように、列車の遅延は安全に直結することもあるので、鉄道の運転に携わる人たちに対して、定時運転の確保を要求してきた歴史があります。
定時運転を実現するには、鉄道事業者だけでの工夫では不十分なので、定時運転の確保に必須な方策として、ラッシュ時や利用者の多い時に、整列乗車を実施します。海外の人から、お金を払って乗る利用者が、なぜ、鉄道事業者に協力するのかと言われることもありますが、理由としては、整列乗車により乗降時間を短縮して、定時運転を確保するためで、利用者に鉄道事業者の施策に協力を求めることは、違和感を覚えるようです。
乗務員には、懐中時計が貸与されており、デジタル時計が主流になった今でも、乗務員室の時計置きに置いて置けば、前方を見つめたまま時間の確認が出来るのと基本的に電波時計は、停車中に受信するので、走行中の車内では受信しづらいため、クオーツ時計が多く使われています。耐用年数が無いため、月差が15秒程度で新品に交換されたり、電修場に出されたりします。
運転士の腕が良いから、日本の鉄道は時間に正確だと言われていたりもしますが、列車の運転は、運転士だけでなく、信号の確認とドア扱いをする車掌、車両の整備と検査をする整備士、保線作業を行う保線作業員、運行管理を行う指令所の指令員など、すべての業務の総合力で達成されます。また、日本社会を象徴する鉄道は、単に公共交通機関と言うだけでなく、日本人の時間の正確さの現れでもあります。
参考文献
車掌の仕事 田中和夫北海道新聞社2009年10月1日発行
なぜ日本の列車は秒刻みで動くのか 世界に誇る¨ナイス・ガラパゴス¨な技術 荒木文宏株式会社交通新聞社2021年10月15日発行